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柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 明治28年

季語 柿 【秋】

漱石との愚陀佛(ぐだぶつ)庵(あん)での生活を終え、東京へ帰る途中、子規は奈良に立ち寄りました。この句はその時に詠まれたもので、子規の俳句の中でも特に有名です。子規は奈良の旅館で梅の精のように美しい女中に柿をむいてもらった思い出を、後年随筆に書いています。
この奈良旅行は、子規にとって最後の旅となりました。途中腰の痛みを感じながら東京へ着いた子規は、翌年、脊椎(せきつい)カリエスと診断され、長い病床生活に入ります。